~温もり~
・・・・正直に言おう。
ウザイと思う。
「・・・アイン」
「なんだ?」
額に氷嚢を乗せながらキャリコは熱で潤んだ目でオレを見つめてきた。
いつもなら鼓動が速くなるヤツの視線も、
熱で潤み迫力がないばかりか、
口から出る台詞のせいで少しも鼓動は速まらない。
そういえばさっき、スペクトラが言っていた台詞がフッと頭を掠めた。
『大人の熱は本人を異常なほど気弱にするのよ』
キャリコには(なぜか)冷たい彼女は、
オレや他のバルシェムにだけ見せる優しい瞳で、
『だからアイン、今日は甘やかしてあげてね』
とも言っていたのを思い出す。
いつもは(なぜか)蔑みの目でキャリコを見ているというのに、
彼が体調を崩せば彼女は(多少)優しくなる。
それはオレ達という存在が酷く脆く儚い命だからなのか。
不要の烙印を押されればアッという間に散ってしまうものだからなのか。
・・・・彼女に限らず、バルシェムは皆、誰かが倒れると優しくなる。
それは自然にそうさせているのか・・・・?
答えはわからないが、オレはスペクトラの言葉に小さく頷いて、
熱で寝込むキャリコの面倒をアレコレ診ていた・・・・、が。
キャリコは口を開けば、
『俺はもうダメだ』
『俺がいなくなったら寂しいか?』
『アイン・・アイーン』
・・・と、他にも色々と言っていてウザイ。
・・・・正直に言おう。
ウザイと思う。
「・・・アイン」
「なんだ?」
だけどいちいち律儀に相手をしているオレもそうとう「ウザイ」のかもしれない・・、本当は。
「・・・俺のこの熱は下がると思うか?」
「・・・・下がらなければ困るだろう?」
答えなど分かりきっているだろうに、
どうしてそんな事を聞くのか?
無表情と名高い顔を(自分ではそう思わないが)少しだけ不機嫌そうに歪めて言えば、
キャリコもやはり答えを分かっていたのだろう。
小さく、困ったように微笑んで、
「・・・そうだな。だが下がらないかもしれない」
と言う。
・・・なんだか腹が立ってきた。
・・・どうしてコイツはいつも倒れるとこんなに心配性になるのだろう。
いや、心配性になるのは『壊されたくない』からだろうが。
だからといって!
ただの知恵熱・ストレス熱だろう!?
いつもキチンと一日で下がっている。
それなのにどうして・・・・・。
・・・オレは何を言っていいのかわからず、
ただ黙ってキャリコを見下ろしていた。
熱で潤んだ目は何かを言いたげに揺らいでいた。
そして数分の沈黙の後、
キャリコが先に口を開いてきた。
「・・・もう、時間ではないのか?」
「・・・・!・・・あ、・・・あぁ・・・」
「アイン・・・、手を」
「・・・手?」
手が何だというんだ?
首を傾げながら差し出せば、
熱で熱くなったキャリコの大きな手がオレの手を握り締めた。
「・・・キャリコ?」
「フフ・・・、小さいな・・・」
「なっ!?」
そんなこと、改めて言わないで欲しい!!
当たり前じゃないか!
オレは子供で、お前は大人!
と、文句を言おうとしたら、
手の甲に何かを感じて、それにビックリして出来なかった。
・・・キャリコの唇が手の甲に触れていた。
「・・・お前の新たな任務開始日だ。
きちんとした餞別を贈って見送りたかったが・・・・、この状態ではな」
これが精一杯だ、と悲しそうに微笑んだキャリコはオレの手を放した。
「キャリコ・・・」
「俺はお前の任務の日に必ず何かしらの理由で寝込んでいる気がする」
「・・・そう言われればそうかもな・・・」
・・・本当にそうかも。
不思議だ・・・、どうしてなんだ?
「お前を行かせたくないと、身体が訴えているのかもしれない。
そのせいで俺は毎回、お前の手にキスしか贈れない」
少しだけ拗ねたようにそう言ったキャリコにオレは思わず苦笑してしまった。
「寂しがりやなんだな、お前」
「・・・そうだな。だからお前が必ず帰ってくるように、
お前の手の甲に俺の温もりを残している・・・、必ず帰ってくるように、な」
「ふぅん・・・?」
気弱に言うなしくないキャリコに、
オレはたいした興味のないような返事をしながらそっと身をかがめる。
・・・そして・・・・・。
・・・・自分の唇をそっとキャリコの唇に押し付けた。
・・・・もちろん本当に一瞬だけだが。
唇を放し、寝ているキャリコを見下ろすと彼はあっけにとられた顔をしている。
オレは小さく笑って、
「・・・ならお前も、オレが帰ってくるまでその温もりを忘れるなよ?」
と、言い残してキャリコの部屋を去った。
その後、キャリコがどんな顔をしていたのかをオレは知らない。
・・・キャリコがどう思ったのかもオレは知らない。
・・・・なぜなら『オレ』は今から赴く任務で・・・・・、『オレ』は・・・・・。
実験室の寝台に横たわるアインは少しも動かない。
息はしているので生きてはいるが、目は覚まさない。
よほど麻酔の威力が強かったのか、アインは目を覚まさない。
・・・・地球という星で見知ったある童話では、
眠り姫にキスをすると目覚めるというロマンチックな話があったが、
それを試してみたらアインは目覚めるだろうか?
ロマンチックとは縁も欠片もない俺がそんなことを考えるとはお笑い種もいいところだが、
・・・・少しは夢をみてもいいのではないか、と自分で自分を納得させ、
アインの唇にそっと唇を寄せてみた。
・・・あの最初で最後のキスの時とは違い、
アインの唇は乾いていた、が、温かかった。
・・・唇を放し、再びアインを見下ろすと、
硬く閉じられていた瞼がピクピク痙攣し、
やがて薄っすらと開かれていく。
またあの頃と同じように見てくれると少しだけ期待して、
完全に目が開かれるのを黙って見守っていた。
唇の温もりはあの頃と同じものだった。
なら今のキスでアインに記憶が戻っても良いのではないか?
そう期待しても良いのではないのだろうか?
・・・・期待に鼓動を速まらせた時に、
アインの目は完全に開き、虚ろに虚空を何度か彷徨った後、しっかりと俺を捕らえた。
・・・・淡い期待は硝子のように脆く儚く崩れていくのを痛感した。
<あとがき>
私はアインが任務に行ってしまうこの瞬間がどうも好きらしいです。
そこに沢山の萌えを感じるのですよ。

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